重要文化財・長久保赤水関係資料の修理過程・結果について報告します。
より詳細な内容については、本ページ下部の担当までお問い合わせください。
長久保赤水に関する内容(略歴など) 長久保赤水の生涯を描いた映像作品
1 事業実施の背景及び目的
令和2年9月、高萩市出身の地理学者「長久保赤水」が遺した資料693点が国の重要文化財に指定されました。
重要文化財に指定された地図・絵図等の資料の一部は、虫喰等による本紙の欠失、破れ、折れや皺の発生、裏打紙や補修紙の糊離れ、経年に伴う汚れの付着、表装の破損、彩色の剥離剥落等が散見され、早急な保存修理が必要な状態でありました。
虫損
彩色の剥離剥落
糊離れ
表具の劣化・破損
本事業では、当該資料の文化財的価値やその性質等を考慮した上で、今後の保存に耐えうる手法及び材料を選定し、保存修理を実施するものであります。
2 全体の事業期間
令和3年4月から令和11年3月までの8ヵ年(予定)
3 修理事業の体制
修理業務一式を 株式会社 修護 に委託し、独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所内にある文化財修理室にて施工し、作業は、文化財保護法により選定を受けた選定保存技術保存団体(装潢修理技術)の認定技術者が行いました。
また、年3回の修理監督を実施し、文化庁・株式会社修護・高萩市の3者で修理方針等について協議を行いながら本事業を実施しました。
4 修理内容(概要) ※令和5年度修理事業を追記
(1)修理対象資料とその状態
●令和3~4年度
以下の資料7点(掛幅装4幅、一枚物3点)の修理を行いました。
・〔自出羽・奥州至丹波・丹後、紀州図〕(輿地路程図草稿)
・〔日本図草稿〕〔ポルトラーノ型日本図草稿〕
・薩摩桜島ヨリウツホ嶋迄ノ図
・〔三国鼎峙図草稿〕(唐土歴代州郡沿革図)
・改正日本分里図(輿地路程図草稿)
・改正日本輿地路程全図
・〔長久保赤水自画像〕(粉本)
修理前の資料は、前述のとおり、虫喰等による本紙の欠失等が散見されていました。
また中には、近年に表装が改装されたものや裏打が施されたもの、色画用紙へ貼り込まれたものが含まれていましたが、これらは、本紙へ酸性化劣化を及ぼす恐れのある工業製品や、可逆性の認められない化学合成された接着剤等が使用されている可能性が高く、使用材料による悪影響が懸念される状態でした。
●令和5年度
以下資料3点(掛幅装2幅、額装1面)の修理を行いました。
・〔五言絶句〕(過赤水之家)
・題松月亭(松樹万年青、月光千里白)
・改正地球万国全図
令和4年度以前の修理対象資料と同様に、本紙に虫損・強い折れ・汚れの付着等が散見されました。
さらに、本紙を納める表具・額にも著しい劣化(破損)が確認され、それらの修理を実施しました。
(2)修理方針
資料の状況等を考慮したうえで、今後の保存に耐えうる手法および材料を選定し、汚れの除去、破れや欠失箇所の補修、不具合な旧補修材の除去等の保存修理を実施しています。
(原則、現状の形状に再装幀しますが、文化財的価値等を踏まえ装幀方法を検討する場合があります)
(3)各資料の修理状況(※修理前の資料は斜光撮影)
〔自出羽・奥州至丹波・丹後、紀州図〕(輿地路程図草稿)【令和3-4年度修理】
改正日本輿地路程全図(通称:赤水図)の草稿と考えられる絵図。修理前は掛幅装。絵図の周りに青い足紙が付されていました。
修理前
修理後
使用されている材料の分析(繊維組成検査)の結果、周囲に貼られている青色の足紙は針葉樹科学パルプである事が判明しました(この資料が制作された当時の材料でないことが判明しました)。この足紙は取り外し、楮紙の足紙に置き換えることとしました。また、修理後の形態は、当該資料が赤水図制作にあたっての草稿であった性質を踏まえ、掛幅装から折畳装(一枚物)に変更することとしました。
赤外線写真(紙継ぎ部)
隠れていた文字や図(1)
隠れていた文字や図(2)
修理に伴い、紙継ぎ部分を剥がしたところ、接着部(隠れている部分)にも文字や図が書かれていることが確認されました。
このことから、この資料は、パーツごとに絵図を描いた後に、それぞれを繋ぎ合わせて制作されたと推察されます。
〔日本図草稿〕〔ポルトラーノ型日本図草稿〕【令和3-4年度修理】
赤水の日本図制作に用いた海図及び地図の草稿。2枚の資料が上下に表装されており、本紙に強い折れが生じていました。
修理前
修理後(日本図草稿)
修理後(ポルトラーノ図)
これらの資料も、前述の輿地路程図草稿と同様の理由(日本図制作のための資料)から、修理後は折畳装(一枚物)とすることとしました。
薩摩桜島ヨリウツホ嶋迄ノ図【令和3-4年度修理】
桜島付近の絵図。改正日本輿地路程全図(通称:赤水図)の制作・修正等に用いた参考資料と考えられます。
本紙が厚紙(画用紙)に貼付されているほか、全体に俺が散見されていました。
修理前
修理後
台紙からの取り外し、折れや汚れの除去を行いました。
修理前は台紙に貼り付けられていた付箋(外題)については、赤水自筆のものと考えられることから、台紙から取り外して補修を行った後、別置保存することとしました。
〔三国鼎峙図草稿〕(唐土歴代州郡沿革図)【令和3-4年度修理】
赤水が刊行した唐土歴代州郡沿革図(中国の歴史を記した地図)の手書き原稿。
厚紙に貼付され、全体に折れが見られます。
修理前
修理後(表面)
修理後(裏面)
本紙の裏打紙の一部には、墨書が残る反故紙(書簡の切れ端と考えられます)が使用されていました。
当該資料の制作当時の形態と考えられることから、反故紙の情報は記録の上、再度裏打紙として使用しています(再利用)。
その他、本紙の端に人為的に切り取られた部分が発見されました。この部分については、制作当時に意図的に切り取られたものの可能性があることから、修理後もその状態を維持させることとしました。
改製日本分里図(輿地路程図草稿)(かいせいにほんぶんりず)【令和3-4年度】
赤水図の原図。胡粉や貼紙による多数の修正痕が見られる資料で、修理前は掛幅装となっていました。
多数の貼紙、胡粉が何層も重ねられており、それら部分の剥がれが散見されました。
また、理由や時期は不明ですが本州東側に書付が貼付されている状況でありました。
修理前
修理後
今回の修理で、掛幅装から折畳装への変更、太平洋部分に貼り付けられていた書付の分離(別置保存)等を行いました。
また紙質分析の結果、本紙には「楮紙」と「雁皮」の2種類が使用されていることが分かり、紙の性質(収縮の違い等)を考慮した修理が行われました。
透過光写真
背景
貼紙の重なり(着色部分)
胡粉の重なり(白部分)
赤水図は、同じ版でも複数パターンが存在するように、その下書きも膨大な修正が行われています。
今回、高精細撮影画像等の確認に加え、斜光や透過光を用いた目視観察により貼紙や胡粉の重なり等を可能な範囲で記録しました(この資料の構造調査を行いました)。
改正日本輿地路程全図(かいせいにほんよちろていぜんず)【令和3-4年度】
寛政3年(1791年)に完成した赤水図の第2版。
刷られた線が細く、複数版存在する第2版の中でも初期に制作されたものであると考えられます。
修理前
修理後
本紙に折れや汚れを取り除くほか、本紙と合わせた表具を新調しました。
当該資料は、一般に広まった赤水図と異なり、折り畳み跡が確認されず、前述の線が細く、はっきりしていることから、制作された二版図の中でも最初期の頃のもので、赤水が手元に置いておいたものであることが考えられています。
そのようなことから、修理後は、修理前と同様掛幅装に仕立て直しました。
修理前(旧補修)
修理後
修理前(線のずれ)
修理後
必要以上に大きい補修紙が用いられている部分については、損傷個所に合わせた補修紙に置き換えました。
紙継ぎの「糊しろ」が上下逆になっている箇所については、正しい紙継ぎに戻し、文字や線がずれている箇所が修正されました。
〔長久保赤水自画像〕(粉本)【令和3-4年度】
赤水が73歳の時に描いた自画像。この年、小石川の赤水の家で高山彦九郎、立原翠軒、藤田幽谷と会しました。
修理前
修理後
〔五言絶句〕(過赤水之家)【令和5年度修理】
水戸藩六代藩主、徳川治保(号は舜山)が、赤浜の松月亭に来訪し、憩息の時に赤水に与えた書。
本紙に強い折れが見られるほか、表装の接続部の糊等剥がれている状況でありました。
修理前
修理後
紺色の表装には葵文が描かれ、当時のものであることが推察されました。
また、この葵文の中心に針孔があることが確認され、型押し等ではなく、ひとつひとつを手書きで表していることが判明しました。修理後は、亀裂が生じていた表装が修理され、制作当時の美しい状態となりました。
題松月亭(松樹万年青、月光千里白)【令和5年度修理】
赤水の隠居所「松月亭」の名称の由来を記した書(赤水 78 歳のとき)。
「松樹万年青、月光千里白 右題松月亭 七八翁赤水居士書」
修理前
修理後
本紙には汚れや欠損あり、額も大きく破損している状態でした。
本紙を額から取り外し、汚損に対する処置を行った後、新調した額に収めました(風合いは修理前のものを参考に調整)。
修理前(「月」の文字の下部がインク染み)
修理後
なお、本紙中央下部に見られたシミは、水溶性インクの染みであることが判明しました。
イオン交換水でのクリーニング前に判明したことで、本紙に滲むことがなく処置することができました。
改正地球万国全図【令和5年度修理】
イタリア人宣教師マテオ・リッチが作成し1602年に北京で出版された「坤輿萬国全図」系統の世界図で赤水自筆。
修理前
修理後
本紙の汚れ除去、旧補修跡の修正等が行われました。
しかし、当該資料は裏打紙を剥がした後の本紙が極めて薄い(現在で言うトレーシングペーパーのような状態である)ことが分かり、慎重な作業が求められました。特に、本紙上部の文字が描かれた部分では紙の繊維が結束し、文字が乱れている部分がありました(修正困難な箇所もあり、その点は現状のまま留めています)。
(4)今後の方針等
今後の修理方針
令和6年度以降も引き続き、資料の修理を行ってまいります。
修理は、令和3~5年度同様、文化庁や修理の専門業者と協議しながら地図や絵図類を中心に、損傷が大きいもの、活用(展示)頻度が大きいもの等を年3~5点程度ずつ修理していく予定となっております(修理経過については、適宜本ページに追記してまいります)。
資料の展示・使用について
令和4年度までの修理資料の一部は、令和5年10月の企画展「重要文化財 長久保赤水関係資料修理事業 -文化財を未来に繋ぐ-」にて展示を行いました。令和5年度の修理資料の展示については、現在検討中です。
※修理資料は、補修紙や糊等が落ち着くまでのしばらくの間、展示等は控える方針です(修理完了後、半年程度)。
デジタルデータによるご提供は可能(要申請)ですので、研究・展示等で必要な場合は当課までお問合せください。
補助金・助成金・クラウドファンディング型ふるさと納税について
本修理事業は、文化庁の文化財補助金、公益財団法人住友財団の助成を受け実施しています。
また、令和3年度はクラウドファンディング型ふるさと納税を募集し、多くの皆様からご支援をいただきました。
資料館に愛称「長久保赤水記念館」を追加
令和6年4月1日(月)より、高萩市歴史民俗資料館に愛称「長久保赤水記念館」を追加いたします。
長久保赤水の人物像やその功績、さらには本ページで掲載した修理成果等について紹介しております。
多くの皆様のご来館をお待ちしております。